代表プロフィール
川村法子 | セラピスト
インナーチャイルドワーク、ファミリーコンステレーション、エネルギーヒーリング、女性性とタオイズム、ボディワーク、瞑想によって心と体の真実を探求し、約20年が経ちました。現在も学びを継続しながら、セラピスト、ティーチャーとして、また、一人の女性として、自分自身の在り方を磨き続けています。これまでに手がけてきた約1万5千件以上の相談には、全て子ども時代のトラウマが関わっています。私自身がACEスコア(逆境的小児期体験スコア)が高いことから、過敏性腸症候群、重度の冷え性、激しい頭痛、規律性節整障害などの自律神経の問題、鬱やパニックの症状を抱えてきましたが、トラウマの癒しによって、いまではそのどれもがなくなりました。HECでは、実体験によってわかったトラウマの癒しに有効なメソッドだけを集約し、その理論と実践を《教育》としてお伝えしています。

経歴
大学在学中に、インド(コルカタ)にあるマザーテレサの施設で、ボランティア活動に携わる。亡くなる2週間前のマザーと出会い、マザーに触れられた瞬間、生涯忘れられない体験をする。
上智大学外国語学部フランス語学科卒業後、音楽関連会社へ就職。激務による体調不良で入院。鬱やパニック障害なども併発し、退社。その後、ニール・ドナルド・ウォルシュ氏率いるHT JAPAN(ヒューマニティーズチーム・ジャパン)でのメールマガジンの翻訳活動に携わる。また、縁あって「アミ小さな宇宙人」の著者エンリケ・バリオス氏と直接メールでやり取りをし、バリオス氏のメッセージによって、自己探求の道を歩むことを心に決める。
出産直後の乳腺炎、産後うつ、娘の食物アレルギー、発達課題など、子育ての壁にぶつかる。自身の幼少期から度重なった性的トラウマ、機能不全家族に育ったことによる役割依存や孤独など、過去を振り返り、深く自分の内面を見つめながら、エネルギーヒーリング、ボディワーク、タオイズム、女性性ワーク、インナーチャイルドワーク、ファミリーコンステレーション、瞑想など、様々なセラピーやトレーニングで学びを深める。
2016年、インナーチャイルドワークとして、最初のコースをスタート。
2018年、ハートエデュケーションセンターと名称変更。家族の座(ファミリーコンステレーション)香港トレーニング終了。
2020年、コースを完全オンライン化。
2023年、Eラーニングを導入。どんな環境にあったとしても、誰もがトラウマについて学び、癒すことができる環境づくりに努める。
2024年、フランスのトマティス社が開発した、フォーブレインとサウンドソリーを使った親子発達トレーニングをスタートする。
マザーテレサとの思い出
大学2年の夏休みに、コルカタのマザーテレサの施設で、ボランティア活動に参加しました。
それは、1997年9月5日、マザーが亡くなる2週間前のことでした。
ある時、ボランティアスタッフである私たちの前に、車椅子のマザーが現れました。そして、私が想像していたようりも、マザーは死に近い場所にあることを感じました。
多くの人が、少しでもマザーに近づきたいと駆け寄っていましたが、私は、車椅子のマザーに負担をかけるのではないかと、遠慮気味に後ろの方に立っていました。
マザーと私たちの間には塀があって、マザーの車椅子は、私たちより一段低い位置にあり、私たちの間を仕切る小さなドアから、マザーは私たちへ手を伸ばし、そばにいる一人一人の頭を優しくなでていました。
遠慮しながらも「マザーは私には気がついてはいない」という寂しさで硬直し、私は、一人後方に立ち尽くしていました。
すると、その瞬間、マザーが私に向かって手招きしているのが見えました。
車椅子に乗った小さなマザーの身体では、人々の一番奥にいる私に気が付くのは大変なはずでした。
ですが、マザーは、しっかりと私を見ていたのでした。
後方で一人戸惑う私に、突如視線が集まり、私はみんなに背中を押されて、マザーの前に進み出ました。

「good girl」
優しくか細いおばあちゃんの声でそう言って、マザーは優しく私の頭をなでました。
その瞬間、今まで体験したことのないような溢れ出る感情とともに、大粒の涙がこぼれてきました。
それまで誰にも存在を認めてもらえなかった愛に飢えた小さな子どもが、初めて本当の愛にふれたかのようでした。
私は、小さな子羊そのものでした。
20年近くがたちますが、瞑想でも、セラピーでも実生活でも
あの時以上に泣いたことはないように思います。
「愛の反対は、無関心」とカトリックの女子校時代に繰り返しシスターたちが言っていた言葉の真意を、私は身をもって体験しました。
私の心の大きな解放が生じたのは、マザーの手が、マスターの手だからだったと今だから分かります。
帰国後、数日してマザーの訃報を知り、私は、とてもショックを受けました。
ですが、私の心の中には、リアルにマザーが存在していました。
インドでのボランティア活動では自分の未熟さを知り、それは人のためじゃなくて、自分のためだと気が付きました。
炎天下で汚物のついた洗濯物を洗いながら、「不幸な人のために幸せな私が何かをしてあげている」と感じていた自分のエゴに気がつき、涙が溢れました。
おもちゃの宝石をつけた無邪気なおばあちゃんと、子どものように戯れながら、ここでは、みんながマザーの子どもであると感じました。
本当の自分を少しだけ体験できたこの記憶は、一生忘れられないものです。
そして、この出来事は、私の活動の土台となっていることを、今改めて感じています。
